1972年9月8日、深夜。中学生の私は目をこすりながらテレビ画面に見入っていた。 |
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浮き足立つチームをベテラン選手の投入によって落ち着かせ、流れを引き寄せた。スパイクが決まるたびにコートを走り回る大男たち。崖っぷちからの3セット奪取! |
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“身近なところに禮子がいるだけで気が楽で安心しておられますが遠く離れていると、病気をしないだろうかと、寝る前にはいつも考え、心配しております。” “平凡な生活。今の二人、平凡ではない。私が世界一になれるかどうかわからないけど大きな仕事をしている。この今の生活が終わった時、どこにでもある平凡な生活を築きましょう。それまでいろいろな寂しいこと、悲しいことがあるでしょうが頑張るように。” |
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15年の結婚生活のうち、家族と共に過せたのは正味2年間ほどだったという。猫田は、合宿や遠征先から夫人や3人の子供たちへの愛情深い手紙を送り続けた。家庭では子煩悩な“ごく普通のお父さん”だった。年に一度程度ではあったが、忙しい合間をぬっての家族旅行も楽しんだ。彼に出来る精一杯のことだった。 |
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“禮子も元気で、子供にも心配がない。これが私の宝です。家庭に不安があるとバレーどころではありません。その点感謝しております。安心してバレーをやっています。留守が多くて寂しいと思いますが、苦しい後には楽しみがあるはずです。”
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※参考資料 「父さん、お帰りなさい。〜私の猫田勝敏〜」(日本文化出版) |
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