ニュートリーのサプリメント、ブイ・クレス トラベルは「超えようとする人たち」を応援しています。

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国内だけでなく、世界で活躍されているお二人ですが「山をめざしたきっかけ」「紛争地を撮影しようと思ったきっかけ」はありますか。

つきあっていた年上の女性が、登山をしていたことがきっかけです。僕は高校を卒業するまで夢も目標もなく、北海道の今金町という雪の多い、人口6000人くらいの町で育ちました。
「東京に行けば何か見つかるだろう」と上京したのですがうまく行かず、ニートのような暮らしになってしまって。「このままではいけない」と北海道に帰って来て、大学に入りました。
そんな頃、2年ほどつきあった彼女に、突然、別れを告げられて。初めての失恋ということもあって、またひきこもってしまったのですね。自宅でひきこもる日々の中で、別れた彼女が冬山に登っていたことを思い出して。「憧れの女性がなぜ山に登るのか」その理由を確かめたくて、山岳部に入りました。

僕は、高校生の時にカメラマンになろうと決めました。「なりたい」じゃなくて「なる」という感じですね。
高校に入るまでは勉強ばかりしていて、睡眠時間も削って1日10数時間も勉強するような毎日で。きっと心が病んでいたのでしょうね。高校に入って、燃え尽きてしまいました。目的を見失って、部屋にひきこもるようになって。学校にも行かず、「笑っていいとも」が始まるくらいまで寝ているような生活で。悶々としながら、色々と本を読んでいたのですね。
ある日、図書館でベトナム戦争の写真集を見ました。その写真に惹きつけられて。心を揺さぶられて。べトナム戦争のことを知りたいというより、「カメラマンは、どうしてこんな危険なことをしてまで写真を撮るのか」。その気持ちが知りたいという想いが生まれた瞬間でした。パァーッと気持ちが晴れて、「よし、写真を撮ろう」と。

きっかけをつかんで、一歩を踏み出す瞬間はどうでしたか。特にひきこもっている人が、踏み出すには勇気がいると思いますが。

最初は何も考えずにやっていました。僕は10代の頃、母をガンで亡くしていて。その時に強く感じたのは、「人間は最後には死ぬのだな」ということでした。母を看取る中で、苦しいとか、辛いとか、一切言わない母がいて。その時、「一生懸命生きなければ」と思ったのですが、高校を卒業してもブラブラしていて、心の奥底には悶々としたものが貯まっていたのでしょうね。そんな日々の中で、たまたま登山に出会って。先輩と二人で1週間かけて、冬山縦走をしました。
それまでは何かを成し遂げて感動したことはなかったのですが、ゴールに着いた時に自然と涙がポロポロ流れてきて。「人間は頭の中で、できる、できないを決めつけているだけなのだな」と気づいた瞬間でした。それから、もっと知らない世界にチャレンジしたくなり、北米最高峰のマッキンリーに向かうことを決めました。
マッキンリーは、多くの登山家が亡くなっている山で。「海外初遠征に単独で行くのは無謀だ」と登山界から批判されましたが。

栗城さんの本に「頂上に近づくと、世界がつながっていることを感じる」というお話がありましたが、どんな感覚ですか。

空の色が地上よりも濃いのですね。この先に宇宙があるのだなと感じられる空で。自分がいる場所は、日本とかヒマラヤではなくて、地球なのだなと。自然というか、地球は偉大だなと。
8000mから地上を見ると、人間が住んでいる場所はごく一部で。後は、誰も立ち入ったことがない世界が広がっていて。

人があまり入らない所に行くと、神聖な感覚がありますよね。

特に標高8000mの世界で感じるのは、普段の生活のありがたさですね。「登ったからすごい」とか「登れなかったからダメ」ということではなくて。あたたかいごはんが食べられるとか、友達とメールできるとか。そんな当たり前の生活が、山頂では当たり前ではなくて。「人間はいろんなものに生かされているのだな」と。

8000mの世界に挑む時、様々な想いがあふれると思いますが、特に気をつけていることはありますか。

不安や恐怖を感じた時には、8000mという世界はとても苦しい世界なので、自然とお友達になろうと思っています。自然に対抗すると、向こうも向かってきますので。苦しいですし、寒いですし、極限でヒーヒー、ハーハー言っているのですが、「自分はなんてありがたいところにいるのか」と感謝しながら、「ありがとう」と言いながら、一歩一歩進んでいきます。人間の心と体というのは、全部つながっていて、心がダメになると、体もどんどんダメになってしまうものですから。

8000m超の世界に一人で挑むのは、想像するだけで震えてきますね。

テントに一人で心細いですし、風の音もすごいですが、登山中に一番辛いのは睡魔ですね。人間の限界高度は7500mで、それから先は酸素ボンベが必要な世界になります。無酸素で登ると呼吸が浅くなって、そのまま逝ってしまう危険性があるので。2、3日寝ずに腹式呼吸をしながら、酸素を取り込むことを続けることになります。

飛行機に乗って上がると、キューッと眠くなる感覚に近いのでしょうね。

SPO2という酸素の体内濃度を測る機械がありまして、普段は100ほどで、95前後になると頭がクラッとします。80くらいになると酸素マスクが必要なレベルで。無酸素で8000mに登ると48ぐらいになります。55を切ると死に至るとされていて、本当にギリギリの状況なのですね。50ぐらいになると、かなり記憶力が下がってきます。日記を書こうとしても「カタカナの“タ”ってどう書いたかな?」というような状態で。あまりの睡魔に意識がプツンと切れて、いきなり自分の部屋にいたりします。目の前に布団が敷いてあって、すぐにでも眠りにつけるような。ハッと山の感覚に戻って、またパッと家の玄関に父親が立っていて、「寄って行け、寄って行け」と誘ってくるのですね。
きっと山で亡くなった人は、山で亡くなったという感覚がないのでしょうね。家に帰って、疲れた、眠いなと永眠してしまったのだと思います。

それは、幸せな人ですね。そういう死に方っていいですよね。私たちは高齢者医療に携わっていますので、人の死に方についてはよく考えます。
痴呆症で食べられなくなって、鼻から栄養剤を入れる。心臓は動き続けますが、脳の機能はほとんど落ちてしまって、寝たきり状態で。その人は「全部引っこ抜いて、オレを殺してくれ」と思っているかもしれないのですが。でも、現代の法律ではそれはしない。「本当の命の重さというのはなんだろう?」というのが、高齢者医療のテーマです。
そういう意味で、命の重さは本当に地球より重いのか、と。お二人の活動は、命の重さを再定義していますよね。

命の重さは最大のテーマですね。命の重さどころか、命の値段のない世界を見てきて。
単純にお金に換算することはできます。
例えば、アフガニスタンの空爆で亡くなられた方の遺族には1000ドルが払われた。一方で、テロでニューヨークのビルが崩壊して亡くなられた方の遺族には、平均で200万ドルが払われた、と報道があったのを記憶していますが、この2000倍もの命の格差をどのように考えればいいか。

人間には必ず死があって。だんだん老いてきますし、宿命もあります。長い、短いに関わらず「自分が今日、どれだけ一生懸命生きるか」、単純にそういうことだと思います。

東洋的ですよね。一歩一歩、死に向かっているのだけれども、その一歩一歩を大切にするような。

きっと自分を表現しきるために健康が大事なだけで。何かを食べたいから生きるわけではないのでしょうね。

渋谷さんがおっしゃるように、伝えないと見落とされてしまうことも多いですよね。お金のある地域や、興味がある分野は報道されますが。

そうですね。知らなければ、起こっていないも同然なのですね。たとえばアンゴラという国では、50万もの人が飢餓で苦しんでいて。その世界を撮影して、写真を雑誌に載せてほしいと持ち込んでも、興奮しているのは僕だけで。「それのどこがニュースなの」と言われてしまって。

お金の出し手が広告主だからですかね。

僕はそれ以上に読者だと思います。見る人に関心がなければ買いませんし。中には写真展で熱心に、2時間くらい写真を見てくれる人もいて。
そんな人たちに真実を届ける仕事は、これから大切になってくると思います。
栗城さんはそういう意味で、メディアを開拓してきた人ですよね。

インターネットしかないと思ったので、こだわってきました。
4kgある米軍の通信機を担いで。ただ登山するのではなく、インターネット生中継を見ている人たちと夢を共有したい。自分がチャレンジすることで、人に喜んでもらったり、元気になってもらえたらと。
冒険家や登山家は、ただ危険なことをするのではなくて、人に勇気を与えることが本来の役目なのじゃないかなと。それが自分のモチベーションですね。

自分でメディアを作るのも手だと思いますね。でも、中身がなかったらダメですし。それはいつの時代も共通のテーマですね。僕は撮らせてくれる人と、見てくれる人がいればジャーナリズムは成り立つと思っています。

渋谷さんは、今年も紛争地に行かれるのですか。

紛争地というこだわりはないのですが、誰のためにこの仕事があるかと考えた時に、それがアフガニスタンだったり、紛争地で苦しんでいる人たちなのですね。そういう人たちは自分で「苦しい」と言えないのですよ。本当に苦しい人は。だから、誰かが行かなくてはならない。伝える力のある人が。

インタビューをしに行っているわけですね。カメラを通した。

インタビューと言いますか、対話ですね。自分との対話でもありますし、見てくれる人との対話でも。それが、写真だと思います。人には嘘をつけても、自分に嘘はつけないので、できるだけ正直に写真を撮りたいですね。

お二人の知らない世界にチャレンジする姿勢には、ニュートリーさんとの共通点を感じます。

ニュートリーは「当たり前のことを当たり前にできる世の中にしたい」というのが理念です。
例えば、高齢者になるとサラサラしたものが飲みにくくなりますね。むせて肺に入ってしまったり。そこで、飲み物に粘度をつけるとスムーズに飲めるようになります。弊社のとろみ製品ができる前は、嚥下障害をもたれている方が食事を楽しめるものではなく、大変な思いをしていたのですね。その姿を見て、感じたのが「すべての人に、食事をおいしく召し上がっていただきたい」という想いでした。
そんな当たり前のことが、当たり前ではない方もいらっしゃって。それを当たり前にできる世の中にしたかった。そうすると、患者さんは「ありがとう」とおっしゃってくださるのですね。栗城さんがおっしゃる「ありがとう」の対義語が「当たり前」なのだなと。

渋谷さんの「嘘をつかずに、正直に写真を撮りたい」というスタンスにも近いですよね。

嘘をつかないというか、飾らないというか。「純粋でなにが悪いのか」という想いはあります。今回、「ブイ・クレス トラベル」を開発したのも、世界中のどこにいても、誰もが簡単に、必要な栄養を摂れるようにしたかったからです。

高所にいくと、食事をとるのも大変で、栄養が不足してしょうがないのですね。カップラーメン1つを2日にわけて食べるような。栄養が足りなくなりますし、気圧が低いので、体内の水分がどんどん抜けてしまうのですね。そうすると、ビタミン等がどんどんなくなってしまって。

やはりビタミンが不足するのですか。

そうですね。紛争地でも野菜がとれないですし。取材を続けていく上で、体が資本になってくるのですが。そうすると、いろんな栄養が足りなくなるので、こういう補助食を携帯できると助かりますね。

次はどの山に登るご予定ですか。

次はヒマラヤ山脈のアンナプルナ(8091m)へ。その後、エベレストに登ります。人間の細胞というのは、極地の環境を覚えているものでして。下界の生活が長くなってしまうと、危機的な直感力が衰えてきます。人間がいきなりエベレストに行って、無酸素で登るのは無理なのですね。そのための体づくりに1年がかりで取り組んでいます。アンナプルナ登山もインターネットで生中継しますが、世界で1番死亡率が高い山なので注意が必要ですね。

エベレスト単独無酸素の登山は、今まで一人ですよね。

成功したのは、1980年に一人だけですね。それから何人かの人が登っているのですが、半分が亡くなっているので。

しかも、プラス4kgの通信機を担いで。

そうですね。

前人未踏ですね。栗城さんスペシャルのサプリメントを作れたらおもしろいですね。
赤血球を増やして、酸素の吸収量を増やせるような。

おもしろいですね。是非ドキュメンタリーとコラボして。エベレストの頂上へ持っていきたいですね。

栗城さんの「最後の頂上」がどこなのか、楽しみですね。
それはきっと山ではないのでしょうね。

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